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5・4・3・2・1・バーナーズON!!
AirBが開催しているジャパンホンダグランプリの気球大会に来ていただいた方は、会場で競技の実況をはじめ気球教室やその他もろもろのおしゃべりをしているMCの声を聞いたことがおありなのでは・・・? そう、私は会場のアナウンスをしている町田晶子です。気球歴かれこれ23年(実はパイロットになりそこねています)、全国の大会で熱気球に関わる様々な方々にお会いして、日々気持ちを新たにしています。そこで、このページではマイクをペンに(キーボードか・・・)持ち替えてみようと思います。
 記念すべき?第一回は、日本で一番大きな熱気球の大会が開催されている、佐賀県佐賀市の木下敏之市長にインタビューさせていただきました。
インタビュー風景
*はじめまして・・・
 ジャパンホンダグランプリの開幕戦、渡良瀬バルーンレース2005の最終日。表彰式を終えて訪ねると、窓の外の満開の桜を眺めながら、腕を組んで待っていらした木下市長の真っ白なYシャツ姿がまぶしい・・・。
 渡良瀬の大会に初めていらっしゃったということで、まずは印象を伺うと・・・
 「なにより立地の良さにまず驚きましたね。東京が近いということ、その上、通年飛ぶことができる環境にあるというのも、バルーンのシーズンが短い佐賀に比べて羨ましいところです。ただ、お客様があまりにも少ないということにもビックリしました」
――そうなんですよね。渡良瀬バルーンレースは今年で6年目。様々なスカイスポーツの皆さんの御協力もあって、それがこの大会の特徴となり認知度も高まりつつあるのですが・・・ほんとにお客さまが少なくてまだまだ、寂しいです。みなさ〜ん!! 来年はぜひ見に来てくださいねぇ!
 ・・・で、早速100万人もの観客数を誇る佐賀大会の市長に、集客の秘訣を伺うと・・・
 「私が市長になったときには、すでにたくさんの人が大会を見に来ていましたからね。それに、100万人といっても、大会開催中5日間だけですよ」
観客 ――大会期間中は大勢の観客でごったがえす嘉瀬川河川敷も、それが終わるとただのガランとした河原ですものねぇ。ただ、私は個人的に「祭りの後の静けさ」が好きでもあるわけですが・・・。
 でも佐賀市は、大会期間中だけでなく大会後もチャレンジシリーズ(ちいさな気球の大会)を行い、お客様にはさらにバルーンの大会を楽しんでいただいたり、地元パイロットのフライトテクニックの向上を目指しているそうです。
 ところで、日本で熱気球の街といえば、みなさんやはり「佐賀」と答えるでしょうけれど、佐賀の大会がこんなに大きくなったのはどうしてだと思いますか?
 「それはやはり、ボランティアが多いということでしょう」
――現在、佐賀の大会のボランティアは約3,000人。文字通り市民が支える一大イベントなのです。佐賀の人たちってそんなに愛県心(こんな言葉はないけれど・・・)が高いのでしょうか?
 「いや、バルーンはボランティアをやっていても面白いですからね。自分が楽しくなければ、何事も長続きしないじゃないですか」
――そうですね! 大会中の楽しさと、終わった後の充実感は何ごとにもたとえがたく、参加した人でなければわかりませんものね。佐賀市のために、バルーンを栄えさせるために、という意識が特別に高い県民性、というのではなく、「楽しいからです!」と言い切る市長にますます好感を覚えました。
 でも、行政としてはそれだけという訳にはいかず、「努力」を感じます。まず、バルーンチャレンジシリーズ中は「いつもバルーンが空にある街」というイメージ作り。そして、面白いのは、「市民バルーン教室」の取り組みです。
 「熱気球の大会は、やはりバルーンを飛ばす人が居なければ成り立ちません。競技人口が多くなければ、どんなスポーツも栄えないですからね」
――先日どこかの新聞に、佐賀は日本で最も気球人口が多い街で、市民の10人に一人がパイロットだ。という記事がありました。18歳以上しかパイロットになれないのに、ちょっと大げさじゃない?と思っていましたが、(もちろん市長もその話にはびっくりなさっていました)まさに意気込みはそんな感じです。平成14年から始めて、この度第1号のパイロットが誕生したそうです。おめでとうございます!
離陸風景  その窓口が観光課ではなく、市民スポーツ課だということも、佐賀市が熱気球をスポーツとして捉えていることの現れでしょう。また、熱気球の大会を支えてくれている自治体の窓口は、だいたい商工観光課が多いのですが、佐賀市は観光文化課です。佐賀は唯一熱気球が文化になった街なのです。
 「もちろん、地元のバルーニストの皆さんの御尽力も多大なるものがあります。」
――市を挙げての取り組みに、バルーニストとして嬉しいかぎりです。
*パイロットになったら・・・
 さて、木下市長は今年で任期7年目。まだ、40歳代という若さです。
 「公のための仕事がしたい」ということで、まず農林水産省に。そこで、農村を豊かにするための仕事をなさっていたそうです。でも、農業だけでは農村は豊かにならないということに気づき、いずれは全体を見渡せる仕事に就きたいという志をもちました。
 その後、ある人の薦めもあり39歳の若さで市長になられた方です。学生の時はラグビーをなさっていたということで、今も好青年ぶりは健在です。
木下市長  一時は栃木県庁にいらしたこともあり、当時はモーターパラグライダーをよく見かけたそうです。渡良瀬遊水地がありスカイスポーツが最も盛んな栃木県でお仕事をなさっていて、スカイスポーツがいつも身近にあったということですね。
――パイロットになる予定は?
 「引退したらパイロットになろうと思っています。70歳でパイロットになられた冨田さんのような生き方は素敵ですね。私はまだまだ先ですが、パイロットになったらまず、佐賀市の上空を飛びたい。そして1月2日に行なわれる唐津から天山を越えて佐賀に飛ぶ“天山越え”に、ぜひチャレンジしたいと思っています」
――ホント・・・まだ何十年も先の話になりますが、市長がバーナーを握り佐賀上空をフライトする姿が目に浮かぶようです。
 また、木下市長は、東京に近くボランテイアの数も多くなりつつある長野県佐久市の『佐久バルーンフェスティバル』に大いに期待しているそうです。東京に認知されてはじめて本物という気持ちがおありで、バルーンがより全国区になることを望んでいらっしゃいました。
(おかげさまで、今年の佐久バルーンフェスティバルは、21万6千人もの集客がありました。みなさんありがとうございました!)
*最後に、市長からバルーンニストへのメッセージ
 「まず佐賀の大会に来てください。そして自分のチームにもっと人を増やしてください。そして、チームがいっぱいになったら、弟子のチームを作っていく・・・というような。
それには、子供の時に気球に乗せるのが一番いいですね。大岩さん(現日本気球連盟理事長)が20年ほど前、佐賀大会で幼稚園に降りたそうです。そしてその幼稚園で体験搭乗会をした。その子が今度パイロットになったそうです。子供の時の感激が、夢を実現させたのですね」

――ホント、気球人口を増やすには、子供に夢を!! そして底辺を徐々に広げて理解を深め、楽しさを伝えていくことが大切なんですね。それがより飛びやすい環境を作っていくのかも知れません。木下市長、ありがとうございました!!
+情報+
今年も9月に、東京の代々木公園で「佐賀インターナショナルバルーフェスタ」の告知イベントが予定されています。代々木公園で夜間係留「ラ・モンゴルフィエ・ノクチューン」が見られますよ!! このHPにて、詳しい日程が決まったらまたお知らせしますね。まだ、夜間係留を見たことない方は、ぜひぜひ見に来てくださいませ。
・・・さぁて、今度は木下市長のお話にもあがった大岩理事長に、お話を伺いに行こうかな・・・。
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