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気球は元気の起爆剤
(この記事は日本気球連盟の機関誌「風船」2009 No.133に掲載されたものです)
満開のサクラを愛でながら競技を楽しめる、渡良瀬バルーンレースもはや10回を迎えました。今回は気球はじめスカイスポーツに理解を示し、遊水地の積極活用を推進されている永島源作町長と、町とバルーニストのパイプ役としてご活躍されている町田耕造さん(AirB会長)にお話しをうかがいました。
去年はじめて10万人を突破
永島町長●このイベントは今回で10回目を迎えましたが、じつは私が藤岡町長になる前から町田さんにはいろいろとお願いをしてきたんです。たとえば小学校での熱気球教室。また町民への体験飛行も実施していただきました。毎年1回ですが希望者を一般公募して、乗ってもらっています。そうした地道な活動の積み重ねもあり、藤岡町の町民のバルーンへの関心や理解、認識は相当高まっているだろうと思います。
町田●熱気球教室はもう3年くらいになります。毎年やっていると、その授業を受けた子どもたちが地元の選手を応援しに来てくれるんです。
イメージ そういう形で次代を担う子どもたちにファンになってもらうのはすごく重要なことです。愛好者が渡良瀬に来て飛んでいるだけでは、いつまでも飛び続けることはできない。気球が地域の人たちにとって自慢できることであったり、地元に少しでも役に立つことであったりといった、社会性がないといけないと思うんです。そのことを渡良瀬バルーンレースを10年間やってきてつくづく感じています。今日だってすごくいっぱいのお客さんが来ているし、昨日も新聞やテレビでたくさん報道されました。そうして藤岡町の方が来るだけじゃなくて、東京をはじめとする町外各地からお客さんを呼べる、そういうイベントにならなくてはいけないんですね。
永島町長●この大会がうまくいっているのは、さくら祭りとバルーンを3年ほど前から一体的な企画としてきたことですね。それをメディアが一斉に報道してくれたものですから、去年からどんどんお客さんが増えてきました。去年はじめて10万人を突破しました。今年もそれに匹敵するくらいのお客さんが来てくれるかな。去年はさくらが満開でしたから。
イメージ 町田●駐車場にキャンピングカーが何十台と駐車場にいるでしょう。あれは愛好家たちが自然と集まったんです。これは私たちが仕掛けたことでもなんでもなくて、口コミで広がっていったものです。気球の大会というのは、基本的には同じ場所で同じ時期に継続的に開催することによって、お客さんがだんだん増えてくる。それがある年爆発的に増えるときがある。ここに関していえば、それが去年だと思っているんです。
これまでは3日で5万人でしたが、去年から一気に10万人。永島町長をはじめとする地元のみなさまが、われわれの活動を長い目で見ていただいたのがこういう形になったんだと思います。
永島町長●出店も去年は25店舗ほどだったのが、今年はおよそ倍くらいです。去年相当売れたんでしょう(笑)。いい話ってあっという間に広がるんですよね。
町田●そう、去年1店舗だった店が今年は2店舗出したいという話もあるくらいですからね。お店のバラエティも増えましたよね。
最終的に地元にも経済効果をもたらしてくれていますよ。
成功体験の先にあるもの
イメージ 永島町長●藤岡町にもなにか特産品をと、地元のさつまいもを原材料にした芋焼酎を開発したんです。地元の酒屋さんだけにしか置いてないんですけれども、去年そのブランド焼酎を会場で販売したところ予想をはるかに上回るほど売れて、小売店の組合の人たちがニコニコ顔で今年も頑張りたいと言っていました。そういう気運を起こすのが地域の活性化だと思うんです。
町田●まさに地元にとっての成功体験が大切なんですよね。町長さんがいろいろなところでこの話を披露されると、みんなそれを聞いて「おっ」と思う。たとえば栃木県庁に出向いて藤岡町がこの大会のことを記者発表しますね。そうすると翌日には新聞にばーんと出ているわけですよ。県内だけじゃない、群馬県庁に行ってチラシを出す、そうすると上毛新聞に出るんです。そういうひとつひとつのことが成功体験として積み重なったその先にあるのは、地域の人たちが新たなことにどんどん挑戦できるようになるという機動力というか簡単にいえば「元気」です。そのきっかけにこの大会はなると思う。それがすごく重要な気がします。
永島町長●近頃は市町村の合併問題なんかもありますけど、このさくら祭りと熱気球大会は継続的に開催し、拡大していく方向でいろいろ企画していきたいと思います。 昨年の11月には皇太子様が遊水地を見学に来られたんですが、私の名刺を皇太子様に差し上げながら、この名刺はここ遊水地でとれた葦で作った紙です、週末にはバルーンも飛ぶんですよ、と宣伝しましたよ。まさか皇太子様に受け取っていただけるとは思っていませんでしたが、熱心に私の話に耳を傾けてくださり、名刺も持って帰ってくださいました。
イメージ 町田●すごくありがたいことですよね。気球の写真を町長自らが名刺に印刷していただけるということが。これはスカイスポーツに限ったことではなくてどんなことでもそうですが、長く存在するためにはその地域にとって社会的に役に立たなくてはいけないということだと思うんです。 この渡良瀬バルーンレースをきっかけに、渡良瀬スカイスポーツ協議会というものを、熱気球、グライダー、スカイダイビング、モーターパラグライダー、マイクロライトと、この5つの団体を核として作りました。それぞれの団体がばらばらに活動していたときは、「社会的に」という言葉はあっても実際には何をすればいいのかわからなかったんです。しかしこうしてイベントとして実現すると、これに参加することが藤岡町の役に立っているということになる。非常にわかりやすいからみんな喜んでやってきますよ。今回だってスカイダイビングをはじめ一日じゅう誰かしらが空を飛んでくれているじゃないですか。そういう部分はとても大切だと思います。 もうひとつは、渡良瀬クリーン作戦。バルーニストが毎回100人近く来てくれて、若いひとたちもみんな一生懸命ゴミを拾っている姿は、地元の人たちは見ていないようでちゃんと見てくれているんですよ。
そういう地域の方々に喜んでもらえる、自慢してもらえるもの、そういうのを我々はやっていかなくてはいけない。それがいつまでも気球が日本の空を飛ぶために必要なものなんです。
熱気球教室の意味するもの
町田●町長さんにも気球に乗っていただいたことがありましたね。
イメージ 永島町長●ええ、何度か乗せていただいています。さすがにスカイダイビングはできないんで(笑)、気球で3,500フィートくらいまで上がってもらいました。あのときは東京湾まで見えましたよ。結構怖かったですね(笑)。最初は「大丈夫なのかなぁ?」という気持ちのほうが大きかったですね。操縦桿も何もないわけでしょう。状況によっては葦の中に不時着、なんてこともあるわけですからね。
イメージ 若いころは私も農業をしてましたから、気球が畑の中に落っこちたかと思うと、回収の人たちが勝手に田んぼや畑に入っていくのをみて、「あ〜、迷惑だな〜」と思ったりしてね(笑)。そういう時期はありましたけど、その頃はよく理解してなかったですから。だんだん安全なんだということがわかってからはそういう心配はなくなりました。
そうはいってもなかには厳しい意見の人もおられるわけですから、そういう情報は周知していただいて、ちょっと気をつけてもらわなくてはならないと思います。でも最初に町田さんがおっしゃったように、地域の人がバルーンに理解を示してくれれば、お互いがよくなってくるし、このイベントもますます発展するだろうと思いますね。
イメージ 町田●話は戻りますが、学校での熱気球教室に参加してくれた子どもたちが家に帰って、その様子を家の人に報告する。これが熱気球をよく思っていない人に対してとても有効なことなんですよね。熱気球教室は子どもたちに向けてのイベントではありますが、その子どもたちの向こうにいるおとなたちに、われわれはメッセージを送り続けなくてはいけないってことなんです。
永島町長●そうでうすね、大会や気球に理解をいただけない方へも、町田さんがおっしゃるように、子どもたちを通じて説得していかなくてはいけないでしょうね。
町田●今後は、この大会のほかに気球を使った企画で観光客を誘致したいですね。スカイダイブでは実際にタンデムでお客さんを呼んでやっていますよ。
渡良瀬らしさをどうやって出すか
あと、昨年から始めたのですが、渡良瀬の葦を使った葦船づくりのツアーも広げていきたい。さらにそこに農業体験などを加えて地域の活性化に役立つものとしたいです。われわれはその起爆剤なんです。熱気球で朝飛んで、昼間は農家でかんぴょうづくりなどの農業体験を加えてね。
イメージ 永島町長●かんぴょうは天気がよければその日のうちに乾いちゃうんですよ。ブルーベリー狩りなどもいいんじゃないでしょうか。
町田●そう、気球だけじゃだめだし、農業体験だけでもだめなんです。 それらを合わせることで渡良瀬らしさが出てくる。そういう企画を展開していきたいですよね。
永島町長●村おこし、町おこしというのは人が来ないとだめですからね。ぜひともみなさんにご協力いただいて、そのアイディアをわれわれが前向きに受け止めて、いかに実施の方向に進めていくかというのが大切なんです。
町田●渡良瀬バルーンレースをやってきた結果、永島町長と意思の疎通がうまくいき、スカイスポーツの仲間もこうやって集まってくれる。スカイフィールドを借りるのにも町長のハンコがなければ借りられなかったですからね。
永島町長が初めてですよ。おかげでわれわれはあの場所を確保することができたんですから。
永島町長●それまで停滞していたましたからね。
町田●昔は遊水地があったから町が発展しなかったと思われている部分もあったんですが、実は渡良瀬遊水地というのは藤岡町に最大の財産であるという発想ですね。
永島町長●遊水地というのは約2億トンもの水を貯水できる地域なんです。もし利根川が決壊したら東京の半分は水浸しになっちゃいますからね。みなさんの全財産も一夜にしてなくなっちゃいますよ。そうならないために、遊水地はあるんです。これが未来永劫生き続けられるように、ぜひいいアイディアを出してください。わたしたち地元の生活基盤があり、そしてまたスカイスポーツがもっと拡大していけば、世界に誇れる地域になれると思っています
(2009年4月4日、渡良瀬バルーンレース会場にて)
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